震災を経験した私が、片付けを通して本当に伝えたいこと
熊本地震や全国各地で続く地震、豪雨などの自然災害のニュースを見るたびに、東日本大震災のことを思い出します。
私は岩手で東日本大震災を経験しました。
地震が起きたとき、私は販売店にいました。
経験したことのないほどの大きな揺れでした。
その後、津波が来ることを知り、店にいたお客様を避難させ、自分も避難しました。
避難する途中、後ろからがれきが迫ってくるのが見えました。
店は津波で床上約30cmまで浸水し、かなり多くの商品がダメになりました。
その日の夜は何も食べず、2日目からは別の避難所へ移動しました。
水や電気も止まり、日中は店の片付け、夜は避難所で過ごしました。
その後、1週間ほどで水や電気が復旧し、少しずつ日常を取り戻していきました。
震災から十数年が経ち、日常は戻りました。
それでも、「明日が当たり前に来るとは限らない」という感覚は、今も私の中に残っています。
震災を経験して、物について考えたこと
震災を経験して強く感じたのは、物よりも命が大切だということでした。
どれだけ大切にしていた物でも、命には代えられません。
一方で、時間が経ってから「写真だけは残っていてほしかった」と思う人の話を聞くこともありました。
思い出は、物とはまた違う大切な存在なのだと、改めて感じました。
だからといって、「物は必要ない」ということではありません。
大切なのは、自分や家族にとって何が本当に必要なのかを考えておくこと。
そして、いざという時に家族が困らないように、物の量や置き場所を整えておくことなのだと思います。
暮らしが変わり始めたのは、子どもがお腹にいた頃
実は、震災の直後に私の暮らしが大きく変わったわけではありません。
本当に変わり始めたのは、数年後、子どもがお腹の中にいた頃でした。
家具の配置は安全だろうか。
もし寝ている時に地震があったら?
物が多すぎて、避難しにくくならないだろうか。
もし私が家にいない時でも、家族は必要な物を見つけられるだろうか。
そんなことを考えるようになり、物の量や置き場所を以前より意識するようになりました。
家族が増えたことで、「自分だけが分かっていればいい」のではなく、家族みんなが安心して暮らせる家にしたいと思うようになったのです。
私にとって「安心」とは
私にとって「安心」とは、家が片付いていることではありません。
家族が必要な物をすぐ見つけられること。
もしもの時にも、できるだけ落ち着いて行動できること。
そして、毎日の暮らしを、のびのびと楽しめること。
そんな「安心して暮らせる家」をつくることです。
整理収納を学び、整理収納アドバイザーとして活動するようになった今、改めて振り返ると、震災の経験も今の私の暮らし方や仕事に影響を与えているのだと思います。
「いつか」は、必ず来るとは限らない
震災を経験してから、私は「いつか」という言葉を以前ほど当たり前に信じられなくなりました。
「そのうちやろう。」
「落ち着いたらやろう。」
そう思っていたことが、明日もできるとは限りません。
だからこそ、今できることを、今のうちに。
これは、防災だけの話ではないと思っています。
もし、物が多くて片付かないせいで、やりたいことを後回しにしているとしたら。
家族と過ごしたい時間が、片付けに追われることで減っているとしたら。
好きなことを楽しむ余裕がなくなっているとしたら。
私は、それはとてももったいないことだと思います。
片付けは、きれいな家をつくることが目的ではありません。
家族と笑って過ごす時間を増やすため。
好きなことを楽しむため。
心に余白をつくるため。
そして、今日という一日を大切に生きるため。
もしものためだけではなく、「今日」を楽しむために
防災というと、非常食や水を備えたり、防災グッズを準備したりすることを思い浮かべるかもしれません。
もちろん、それも大切な備えです。
でも私は、暮らしを整えることも防災の一つだと思っています。
避難経路に物を置かない。
必要な物がすぐに見つかる。
家族みんなが物の場所を知っている。
そんな日頃の暮らしの整え方が、いざという時の安心につながります。
そして、暮らしを整えることは、もしものためだけではありません。
いつ何が起こるかわからない人生だからこそ、大切な人と「今日」を楽しめる暮らしをつくっていきたい。
私は、片付けを通して、そんな暮らしを一緒につくるお手伝いがしたいと思っています。
暮らしを整えるのは、もしものためだけではない。
大切な人と、今日を楽しむために。
それが、震災を経験した私が、片付けを通して本当に伝えたいことです。

